2023.12.20
インフラ産業から新たな価値創造産業への転換が必要な時代。【前半】
食を扱う業態の中で長らく中心であった食品小売業ですが、近年ではZ世代を中心にドラッグストアやディスカウントストアなどの他業態を選ぶ傾向が高まっています。
しかしながらこれまでに根付いた食のインフラ産業としての意識や構造を変えることは決して容易ではないことも確かです。
アットテーブルは食のマーケティング支援会社として、食品小売業が抱えている課題について解決の糸口となる取り組みをしている企業の方々や識者の方々を招き、対談を通して解決策のヒントを考えていきます。
笹井 清範(ささい・きよのり)
商い未来研究所代表
商業経営専門誌『商業界』で現場取材を重ね、2007年より編集長。中小独立店から大手チェーンストア、小売業から飲食・サービス業、卸売業、農業、製造業まで幅広い企業規模・業種を取材。その数は25年間で4000社を超え、そこに共通する“繁盛の法則”の体系化をライフワークとする。2018年より、多くの商業者を育成・輩出してきた「商業界ゼミナール」を運営。2020年「商い未来研究所」を設立し、商人の育成を事業理念に、研修やコンサルティング、講演や執筆に取り組む。商人応援ブログ「本日開店」では、取材から学んだ“商いの心と技”を毎日発信中。
上田 健司(うえだ・けんじ)
株式会社 アットテーブル 代表取締役社長
1993年DNP入社、商業印刷の営業に従事。新規得意先開拓を得意とし、食品小売および食品メーカー、CVSなど独自の戦略で数多く開拓。2004年にDNPの社内起業制度にて株式会社アットテーブルを一人で創業。独自の食卓分析やトレンド情報分析とクライアントPOS分析等を比較融合した独自のMD計画作成支援を発案。日本全国の大手食品小売や食品メーカー、宅配関係.および各種商業施設の戦略コンサルティングやMD支援を手掛ける。2014年よりMDを核にしたブランディング支援として、戦略立案から計画立案および一貫したプロモーション提案を行う「ブランディングMD」を推進。2015年度より食に関わる社会課題の解決に取り組み、勉強会やセミナー、それらのFSの場として市谷に@MARCHEを出店、現在に至る。
日本スーパーマーケット協会 次世代販促セミナー、同協会アニュアルセミナー、ダイヤモンドセミナー、コーネルJAPAN、リテールテックJAPANなど講演多数。
スーパーマーケットが現在置かれている状況は大変厳しい
第2回は、商業経営専門誌『商業界』編集長を経て、「商い未来研究所」を立ち上げた笹井代表をお招きしました。
「商い未来研究所」は、商業をはじめ暮らしを心豊かにする事業に関わる人たちの支援を目的に立ち上げた団体。笹井代表は、急速に進む人口減少・成熟化社会にあっても成長できる商人の育成のため、全国各地を飛び回り、日々さまざまな情報を発信しています。
今回の対談では、食の業界の中でも主にスーパーマーケットに焦点を絞り、現況を整理しつつ、変えるべきものは何かを探っていきます。
上田 笹井さんは今年、『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる』を上梓されましたね。
笹井 「日本商業の父」「昭和の石田梅岩」と言われた商業界創立者の倉本長治の思想を、倉本を知らない世代に紹介しようと、私が商業界時代に学んだ倉本の思想と、自分で取材し蓄積してきた知識の両方を活かしたいという思いで執筆にあたりました。基本的には商業・小売業の経営者向けに書いたのですが、建設、メーカー、卸など、さまざまな業界から反応をいただき驚いています。共通してお寄せいただくのは「忘れかけていた商売の大切なことを思い出させてくれた」という声ですね。
上田 笹井さんは本当に幅広く取材をしてこられて、食の分野にもお強いかと思います。その笹井さんから見られて、現在の食の業界はどのように映っていますか。
笹井
食を扱う主力業態、それは長らくスーパーマーケットでした。スーパーマーケットは世界恐慌直後の1930年にアメリカ・ニューヨーク州に開業した「キング・カレン」が始まりと言われています。日常の食生活を支える商品が一カ所で揃い、セルフサービス方式を採用して商品を低価格で提供することで、大恐慌に苦しんでいた庶民の心をとらえて発展していきました。そこには革新があったわけです。
日本では遅れること4半世紀、戦後の1950年代に誕生。今日では全国に2万3000店舗以上、販売額25.5兆円、従業者数およそ110万人という一大産業に成長しました。しかし一方で、スーパーマーケット以外の多様な業態が食を扱うようになり、スーパーマーケットのシェアを侵食するようになりました。それなのにスーパーマーケットは革新を忘れ、果たすべき役割が狭まり、選ばれなくなってきています。
上田 まさに今、コンビニはもとより、ドラッグストア、ディスカウントストアが、スーパーマーケットの代わりに選ばれています。
笹井 特にZ世代は顕著で、ドラッグストアは「薬も買えるスーパー」という感覚で便利に利用されています。これから消費の中心になっていくZ世代から選ばれないスーパーマーケットは、危機的状況にあると言わざるを得ません。
上田 多くの企業は若年層の取り込みを課題に上げていますが、現状ではシニア層が支えていますね。
笹井
そのとおりなのですが、スーパーマーケットがシニア層のニーズに応えきれているようには思えません。競合他店と同じような品揃えに終始し、競っているのは価格だけという店が少なくありません。私が尊敬する経営者の一人にアップル創業者のスティーブ・ジョブズがいますが、彼はこんな名言を遺しています。
「美女にライバルがバラを10本贈ったら、君は15本贈るかい?そう思った時点で君の負けだ」と、ライバルとの同質競争を否定しています。ならば、どうしたらいいか? この言葉には続きがあります。
「相手と張り這うのではなく、その女性が本当に何を望んでいるのか、見きわめることが重要なんだ。顧客にもっと近づきなさい。顧客がまだ気づいていないニーズを語れるほどに密着しなさい」
上田 なるほど、スーパーマーケットに限らず、あらゆるビジネスに欠かせない視点ですね。
笹井
倉本長治はそれを「店は客のためにある」と言い、多くの商人たちを指南しました。その中には、若き日のダイエーの中内功さん、イオンの岡田卓也さん、イトーヨーカ堂の伊藤雅敏さん、そしてファーストリテイリングの柳井正さんがいました。
さて、今日は面白いデータを持ってきました。デロイトトーマツコンサルティングの資料です。2023年の国内消費者意識・購買行動調査で「今後消費を増やしたいもの」についてアンケートをとったものです。圧倒的な1位は「増やしたいものがない」でしたが、2位「旅行」、3位「貯蓄・投資」に続いて、4位に「食料品」、5位に「外食」がランクインしています。
上田 ベスト5に食が2つ入っているわけですね。
笹井 そう、消費者の食への関心がなくなっているわけでは決してないということです。それなのに、スーパーマーケットのあり方が変わらず、食の主力業態の地位をドラッグストアやコンビニなど他の業態に脅かされています。これはもっと真剣に考えるべき事態だと思います。
地方の小さな店の成功事例は「小さいからできる」のか
上田 笹井さんが取材等で全国をまわられて見た成功事例を教えていただけますか。良い事例に対してはよく「小規模事業だからできる」という声もあるかと思いますが、全国各地の小さな成功事例には、難しい時代を勝ち抜くヒントがあるんじゃないかと。
笹井 「小さいからできる」「大きいからできる」という議論は、経営者の中でよく出る話ですね。ファーストリテイリングの柳井正さんが「1店舗でも1万店舗でもやることは一緒」「規模が違っても同じことをやるのが商業」とおっしゃっていましたが、私もそう思います。成功事例としては、熊本県菊池市の渡辺商店さんの取り組みをご紹介したいですね。
上田 前著『売れる人がやっているたった四つの繁盛の法則』の中でも取り上げられていましたね。
笹井 もともと酒販店だった渡辺商店さんですが、現在の店主が継いだ頃にちょうど酒販免許が自由化され、酒が安売りされるようになり、最初はいかに安くするかを模索していたようです。その中でたまたま自然農法にふれる機会があって、まずは自分で米をつくり、店で売ってみることにしました。すると、自然農法に関心がある消費者が集まり、自家栽培米でつくった日本酒や焼酎も反響が出て、自然栽培を専門にした食料品店を開くことに。「自然派きくち村」というECサイトを立ち上げると、東京、大阪、名古屋といった大消費地から注目され、特に食に関心が高い30〜40代がリピートするようになり、今日では顧客が全国に約2万人、客単価は1万円にものぼる有名店になったのです。
上田 実は私も直接菊池市のお店に伺ったことがあります。田舎の郊外という立地かつお店自体も小さな商店でした。そこから東京へビジネス展開していることに驚きました。
笹井 渡辺商店さんが努力したのは、生産者の背景を伝えるということ。安全安心はもちろん、どのように育てたのか、どんな人がつくったのか、食が生まれてくる背景を消費者に伝えることで、圧倒的なリピート率を誇るお店に成長されたのだと思います。
上田 販売だけではなく、その場で食べられる飲食店や宿泊施設も開かれましたよね。
笹井 製造、販売、食と生産の体験のすべてを、小さな単位でも一気通貫して行った成功事例ですね。渡辺商店さんになぜこうした取り組みを行ったのか聞いてみましたら、「このままでは生産者がいなくなってしまう」「自分も守れなかった生産者がいる」「いいものをつくる人を守りたい」という思いがあったようです。だから彼は生産者の言い値で仕入れて、そこに自社分の利益を乗せて販売する。生産者にも販売者にも無理のない値付けをする。それでもお客様は理解して買ってくださる。これが小さいお店でできるのですから、大手でできないというのは詭弁ではないかと思います。
店や会社が自らの存在意義を発信する「ライフスタンスの時代」
笹井 ここ30年間、日本では勤労者の実質賃金が上がらず、今年ついに、エンゲル係数が40年ぶりに26%を超えたというニュースがありました。
上田 マーケティング会社として家計消費支出のデータを見ていると、賃金が上がらないどころか支出が増え、可処分所得が減っていることがよくわかります。エンゲル係数が上がるのは必至かと。
笹井 だからこそ、購入時に商品を吟味するようになっていますよね。カロリーベースで満たされれば良いという人もいれば、おいしくて良いものを食べたいという人もいる。スーパーマーケットに限らず、食の小売業は誰のどんなニーズに応えるのか、不明瞭になってきていると感じます。
上田 大手小売だと、どうしても客数や売上を維持しなくてはならないかと思います。本当にお客さんの方を向いて、お客さんの変化を見て商売をすれば、状況が変わるのではないか、ということでしょうか。
笹井 現状ではお客さんのニーズに鈍感なのではないかと思います。今までのスーパーマーケットは自助努力が見えにくい。コロナ禍でも状況変化に救われて儲かってきただけで、その間、お客さんの深層心理、真のニーズを見定めて、お客さん自身すら気づいていない価値提案をしてきた大手小売があったでしょうか。
上田 ニーズを探るベクトルのヒントはありますか。
笹井 食品小売からは離れますが、生活雑貨の中川政七商店さんを例に挙げます。商業のあらゆるものは、物があれば売れた「プロダクトの時代」から始まり、提案型の「ライフスタイルの時代」を経て今日に至ります。しかしライフスタイルというのもすでに響かなくなってきたと、中川政七商店の中川淳さんは言っています。これからは、「ライフスタンスの時代」だと。メーカーとして、存在意義、商売のあり方、いわゆるスタンスを伝えていくことが必要なのだと話されていました。
上田 なるほど。食に置き換えると、先ほどの渡辺商店さんも、生産者を守りたい、日本の自然環境を守りたいというライフスタンスを発信して、それに共感する消費者がリピートするわけですね。
笹井 店舗数を増やさず、客数と客単価を上げることで売上を伸ばし続けている鮮魚専門店「角上魚類」の例もあります。日本全体で海産物の消費量が減る中で、魚食の魅力、旬の魚のおいしさを十分に発信できている結果ではないでしょうか。しかし、大手食品小売で、ライフスタンスを正面から取り上げているところは少ない。真の意味で取り組んでいるようには見えません。
上田 社会全体が、“世の中を良くする”を最終的なゴールに設定している時代。流通フレームが変わる中で、新たな存在価値を発揮できているお店が支持されているということなのかと思いながら話を伺っていました。