2024.03.15
常識を疑い、リソースを活かし、業界再編を勝ち抜く。【前半】
食のインフラというポジションに立って以降、大きな改革が行われてこなかったと言われるスーパーマーケット。コンビニや外食など他業態との競争が激しくなる中、商品・資材に加え、人件費や電気代などの基礎コストが高騰し、このままでは事業の継続は厳しいとの声も聞かれます。しかし、地域に根ざした食文化を守り、挑戦を繰り返し、売上を大きく伸ばしているスーパーマーケットがあることも事実です。
アットテーブルは食のマーケティング支援会社として、食品小売業が抱えている課題について解決の糸口となる取り組みをしている企業や識者の方々と対談を重ね、業界全体の再活性化のヒントを探っていきます。
辻 隆元(つじ・りゅうげん)
株式会社いちやまマート 取締役 社長室 室長
1975年、京都市生まれ
大学卒業後、大手コンサルティング会社に入社。約30事業のフランチャイズビジネスの事業展開およびビジネスモデルの開発を行う。展開した事業の総店舗数は6000店舗を超える。
2010年、同社子会社をMBOし、取締役副社長に就任。投資による節税メリットと事業運営による収益化を両立させた投資型レンタル事業という唯一無二のビジネスモデルを開発。
2020年、株式会社いちやまマート入社。取締役就任。現在に至る。
上田 健司(うえだ・けんじ)
株式会社 アットテーブル 代表取締役社長
1993年DNP入社、商業印刷の営業に従事。新規得意先開拓を得意とし、食品小売および食品メーカー、CVSなど独自の戦略で数多く開拓。2004年にDNPの社内起業制度にて株式会社アットテーブルを一人で創業。独自の食卓分析やトレンド情報分析とクライアントPOS分析等を比較融合した独自のMD計画作成支援を発案。日本全国の大手食品小売や食品メーカー、宅配関係.および各種商業施設の戦略コンサルティングやMD支援を手掛ける。2014年よりMDを核にしたブランディング支援として、戦略立案から計画立案および一貫したプロモーション提案を行う「ブランディングMD」を推進。2015年度より食に関わる社会課題の解決に取り組み、勉強会やセミナー、それらのFSの場として市谷に@MARCHEを出店、現在に至る。
日本スーパーマーケット協会 次世代販促セミナー、同協会アニュアルセミナー、ダイヤモンドセミナー、コーネルJAPAN、リテールテックJAPANなど講演多数。
人件費を含む基礎コストの高騰と人不足
第3回は、山梨県のスーパーマーケット「いちやまマート」を運営する株式会社いちやまマート辻取締役をお招きしました。同店が掲げるメッセージ「健康的な食生活が幸せをもたらす」は、商品を通じて消費者に提供する価値と、同店自身が目指す存在価値の双方を表現したもので、店舗内壁にもこの文言を掲出。「健康的な食生活は、美味でなければならない」との考えのもと、革新的な取り組みを続け、「日本初」「山梨初」の成果を生み出してきました。
今回の対談では、「いちやまマート」の取り組み事例を伺いながら、食の業界でスーパーマーケットが果たすべき役割について考えていきます。
上田 小売業界は今、大きな転換期にいると感じています。光熱費や人件費の値上げもあり、かなり厳しい状況に置かれていると思いますが、辻さんから見る食品小売業界はいかがでしょうか?
辻 基礎コストが上昇しているのはおっしゃる通りですね。原価、人件費、電気代など、必要なコストがどんどん上がっています。今後、首都圏を中心に賃上げの動きが高まり、食品小売でも売上が伸びるであろうことは想定していますが、賃上げが貯蓄ではなく消費に回る経済循環のサイクルが地方に波及するまでには少なくとも3年ほどかかるでしょう。要するに地方では3年くらい売上は上がらず、それまでに、寡占化が進むと考えています。
上田 大手が地方の中小小売店舗を買収するような動きが出るだろう、ということですね。
辻 しかし一方で、スーパーマーケットは、もともと地域に根ざした地元のチェーンが多いという事実があります。
上田 確かに、ディスカウントストアやドラッグストアは広域展開のチェーンが多いですよね。
辻 日本には「食の壁」というものがあって、食材や食べ方が地域によって異なるため、食卓に直結するスーパーマーケットにおいては参入障壁が非常に高いと考えています。また、別業態からの参入についても同様です。例えば、スーパーマーケットがドラッグストアを開くとすればグロッサリーのノウハウを活かせますが、逆になると難しい。まずスーパーマーケットを買収して、その手法を学んで、という流れを踏まなければなりません。
上田 食の業界の中でも、他の業態と比較すると、スーパーマーケットは参入障壁が高い、つまり守られていると。皆さんスーパーマーケットは厳しい厳しいと言いますが、競争環境はそれほど過酷ではないということですか。では、辻さんが現在感じている課題はどこにありますか?
辻 一番の課題は、人不足です。他の産業と比べて、人の頭数がないとまわらない、人の手を動かさないといけない業務が多いためです。AIの導入など、さまざまな試行錯誤はしていますが、現状ではロボットには置き換えられない業務がほとんどなんです。
上田 人間でなければできない業務が多いとなると、人不足は本当に深刻な課題ですよね。御社ではどのように解決していますか?
辻 業務の専門性をなくし、生産性と給与を上げることで解決を目指しています。スタッフに専門性を身につけてもらってお店をまわしてきた過去の手法に捉われず、新しい設備・システム・道具などの導入を進めて業務の専門性を下げ、フレキシブルに働いてもらえる環境をつくるようにしています。専門性を下げることで教育にかかる時間も短縮できます。
上田 業務の専門性を下げて、誰もが臨機応変に働けるようになれば、生産性が上がり、勤務時間も短くなるということですね。
辻 人件費単価が上がり続ける現在、1時間でも勤務時間を短くできれば、コスト抑制に大きな効果が期待できますからね。その分、給与アップも検討できるようになります。給与アップが貯蓄から消費への動きに変わるであろう3年後までに、生産性と給与を上げておくことで、近い将来の人不足を解決できると考えています。給与を上げられるようになった企業が勝ち残りますから。
上田 内側の課題にフォーカスして仕組みを変えていくことで、外側の変化に対応していくということですね。
辻 そうすることで余力が出て、また新しいチャレンジができると考えます。もっともっと生産性は上げられます。これまでは費用対効果が合わないから投資ができないという現実がありましたが、人件費が上がっていくこれからは、費用対効果が合ってくるのではと思っています。
「縦割り」と「商品が売れる」の意識は変えるべき
上田 先ほど専門性を下げることで人不足の課題を解決するというお話がありましたが、異業種との差別化のためには、鮮度を維持するためのコールドチェーンや、地域に根ざした食文化など、専門性を高めていくことが生き残りに必要だという見方もあると思います。
辻 専門領域をどこに特定するか、という話だと思います。当社では、お肉は店内で加工していて、ひき肉などは特に「他より美味しいね」と好評をいただいています。そこの専門性は捨てず、逆にこれからも強化していきたいと考えています。例えば、「この商品は何番通路にある」という専門性はなくなってもいいんです。そこは今後AIなどに任せられますから。「美味しさ」はリピートにおける大きな武器であり、差別化につながります。おそらく大手にはできない、専門性の取捨選択だろうと考えています。
上田 不要な専門性をなくし、お客様にとって必要な専門性を高めるということですね。そのためには、常識を疑うことが必要になります。辻さんは外食産業のご出身で、食品小売にはない経験と視点をお持ちだと思いますが、辻さんから見て他に不要だと思うことはありますか?
辻 一番要らないと思うのは、縦割りですね。スーパーマーケットは成り立ちの歴史故か、専門店の集合体という意識、部門ごとの壁がある場合が多い。でもお客様には全く関係ない話なんですよね。当社では、野菜売り場と和日配の間に鍋つゆを置いてみた際、ものすごく売れたことがありました。お客様にとっては、来店後間もなくメニューが決まって、あとは肉や魚を買い足していくという流れができると、すごく楽なんです。ピーマンの隣に青椒肉絲の素や細切り筍を置くのも同じ原理です。
上田 お客様の悩みは「今日は何をつくろう」ですからね。毎日のことだからこそ、そういう仕掛けがお客様の心にささるのでしょうね。そしていずれ、「とりあえず、いちやまに行けばメニューが決まる」になると。
辻 外食から来て最初に驚いたのが、「この商品が売れる」という考えでした。外食からすると、「お客様が買ってくれる」なのですが、食品小売は「売れる」なんですよね。事象は同じで、捉え方の違いなのですが。この考え方を変えないと、本当の意味でお客様が買いたいと思う売り場にはなりません。
上田 従来からこの“部門の壁”は業界の課題でしたが、イレギュラーなことをやりたがらない企業も多いと感じます。グロッサリーが青果に商品を持ってきても「それは誰が管理するの?」となってしまう。なぜ御社では実現できたのでしょう?
辻 基本的に、当社のプライベートブランド「美味安心」が多いことを前提として。例えば回鍋肉のタレなどはグロッサリー商品ですが、青果部の扱いになっているので、自分たちで売り場を演出します。
上田 タレや素などは各部門に特化したメーカーさんもいて、扱いだけならそちらにお願いすることもあると思いますが、「いちやまマート」さんは明らかに温度感が違うと感じるんです。それはやはり自社製品だからでしょうか?
辻 それはありますね。「美味安心」を含めて、お客様に健康な食生活を提案しようというのが当社のテーマですから。あとは、部長の兼任が大きな要因かと思います。
中小だからこそ挑戦できる、常識を覆す取り組み
上田 部長の兼任ですか?それはまたどうして?
辻 賛否あると思いますが、グロッサリーと精肉は相性が良いんです。だから部長が同じ。デリカと鮮魚も相性が良いので、部長は兼任。例えば魚を仕入れて売る際、少し傷があると鮮魚では売れにくいですが、デリカで焼いて販売すればまったく気にならないので。
上田 兼任にする一番のメリットは?
辻 一番は仕入れですね。例えば魚は、傷がないピカピカなものだけを仕入れても、仕入れ先からは「残ったのはどうするんだ」と言われてしまう。デリカで使うことを前提に「傷があるのも全部一緒に買いますよ」となれば、仕入れがしやすくなり、「いちやまに言えば買ってくれるかも」となり、他の商品提案もしてもらえるようになります。
上田 理論上はそうでしょうが、実際にそれを行うには、現場での意思疎通のほかにも、さまざまな仕掛けが必要じゃないかと思います。
辻 仕掛けはありませんが、幹部が少ないからできるというのはあると思います。当社は、部長、バイヤー、トレーナー、SVなど、部門の幹部の人員が少ないんです。多すぎると統制をとるのが難しくなりますから。あとは、端材を上手に使うという意識でしょうか。世の中には端材がたくさんあります。味は変わらないのに、大手では仕入れられない部位があって、それを商品化することで利益が上がる。「そういう端材はうちで引き受けますよ」と言えるのが、中小のメリットであり、うちの強みだと思います。
上田 トップがわかりやすく方針を示しているから、みんな意思疎通を図ることができていると。鮮魚とデリカの部長が兼任というのは、他ではかなり驚かれる施策だと思います。しかし、いちやまさんでは実際に取り組まれていて、効果を出しているのですね。非常に参考になる取り組みだと思います。他にも、人手がかかっているところをスリム化した事例はありますか?
辻 例えばグロッサリーの賞味期限チェックも、仕組みを変えてチェックにかかる時間を1/2~1/3に短縮できました。詳しくはお話しできませんが、他にもさまざまなスリム化を試みています。
上田 辻さんのお話を聞くと、今までの常識を覆し、次々とアイディアで解決していく様子に驚きます。アイディアは現場からも出るものでしょうか?
辻 幹部陣からは出てきますが、今のところ現場からは少ないですね。仕事の楽しさは「自ら改善し新しい成果を生み出すこと」であると思っていますので、そのような人材に育って欲しいと願い、教育も重視して取り組んでいるところです。