SPECIAL TALK @tableが考える食の未来

⼩売マーケティング⽀援 4

2024.01.10

インフラ産業から新たな価値創造産業への転換が必要な時代。【後半】

食を扱う業態の中で長らく中心であった食品小売業ですが、近年ではZ世代を中心にドラッグストアやディスカウントストアなどの他業態を選ぶ傾向が高まっています。
しかしながらこれまでに根付いた食のインフラ産業としての意識や構造を変えることは決して容易ではないことも確かです。
アットテーブルは食のマーケティング支援会社として、食品小売業が抱えている課題について解決の糸口となる取り組みをしている企業の方々や識者の方々を招き、対談を通して解決策のヒントを考えていきます。

笹井 清範(ささい・きよのり)

商い未来研究所代表

商業経営専門誌『商業界』で現場取材を重ね、2007年より編集長。中小独立店から大手チェーンストア、小売業から飲食・サービス業、卸売業、農業、製造業まで幅広い企業規模・業種を取材。その数は25年間で4000社を超え、そこに共通する“繁盛の法則”の体系化をライフワークとする。2018年より、多くの商業者を育成・輩出してきた「商業界ゼミナール」を運営。2020年「商い未来研究所」を設立し、商人の育成を事業理念に、研修やコンサルティング、講演や執筆に取り組む。商人応援ブログ「本日開店」では、取材から学んだ“商いの心と技”を毎日発信中。

上田 健司(うえだ・けんじ)

株式会社 アットテーブル 代表取締役社長

1993年DNP入社、商業印刷の営業に従事。新規得意先開拓を得意とし、食品小売および食品メーカー、CVSなど独自の戦略で数多く開拓。2004年にDNPの社内起業制度にて株式会社アットテーブルを一人で創業。独自の食卓分析やトレンド情報分析とクライアントPOS分析等を比較融合した独自のMD計画作成支援を発案。日本全国の大手食品小売や食品メーカー、宅配関係.および各種商業施設の戦略コンサルティングやMD支援を手掛ける。2014年よりMDを核にしたブランディング支援として、戦略立案から計画立案および一貫したプロモーション提案を行う「ブランディングMD」を推進。2015年度より食に関わる社会課題の解決に取り組み、勉強会やセミナー、それらのFSの場として市谷に@MARCHEを出店、現在に至る。

日本スーパーマーケット協会 次世代販促セミナー、同協会アニュアルセミナー、ダイヤモンドセミナー、コーネルJAPAN、リテールテックJAPANなど講演多数。

消費者が求めているのは“安さ”ではなく“利便性”と“価値”

『商業界』編集長を経て「商い未来研究所」代表を務める笹井氏をお招きしての対談、後半をお送りします。
「商い未来研究所」は、商業をはじめ暮らしを心豊かにする事業に関わる人たちの支援を目的に立ち上げた団体。笹井代表は、急速に進む人口減少・成熟化社会にあっても成長できる商人の育成のため、全国各地を飛び回り、日々さまざまな情報を発信しています。
今回の対談では、食の業界の中でも主にスーパーマーケットに焦点を絞り、現況を整理しつつ、変えるべきものは何かを探っていきます。

笹井 ここでまた別のデータを引用してみましょう。野村総合研究所が3年に一度実施している「生活者1万人アンケート」の直近2021年調査によると、生活者の消費傾向は “安さ”よりも“利便性”を重視するという傾向が強くなっています。また、「気に入った付加価値には支出を惜しまない」という付加価値重視の消費傾向が強まっています。つまり、食に関してもお客様が求めるのは、“利便性”と“価値”の2軸であるといえるでしょう。では、スーパーマーケットはどのような商売をしているかというと、とにかく価格を下げる。何かというと価格訴求をする。「お客さんは安さを求めている」という仮定から、抜け出せていません。それは価値を高め、それを伝える取り組みよりも、粗利を削って価格を下げるほうが簡単にできるからと言ったら言い過ぎでしょうか。

上田 食を取り巻く状況が厳しいという話をしてきましたが、例えばEV車の普及によってガソリンスタンドも厳しい状況です。しかし視野とサービスを広げてカーライフサポートなどの事業を展開するようになりました。ファストフードではテイクアウト専門店を出したり、ドラッグストアでは生鮮を扱ったりと、業態変化に挑んでいますね。食品業界は難しいという声も聞こえますが、他業界を見ていると変革の余地があるのではないかと感じます。

笹井 私もそう思います。例えを追加するならば、コインランドリーといったビジネスでも、仕上がりなどの品質を追求したり、忙しいお客様のために利便性を向上させたり、カフェを併設して地域コミュニティの場になったりと、さまざまにチャレンジしていますね。

上田 自分達が生き残るため、売上を落とさないためというのはもちろん商業には欠かせない点ですが、お客様が一体何を求めているのか、そこに着目して、自分達に何ができるかを模索し、試行錯誤することこそ、生き残ることにつながるということでしょうか。

笹井 商いで何よりも大切なのは、「事業は受益者のためにある」という一点につきます。受益者というのはお客様のことです。事業を営んでいると、「お客様のため」というお題目を掲げながらも、つい自分たちの利益や都合を優先させて動いてしまいます。そうではなく、「お客様の立場に立つ」ということが肝心なのです。額に入れて飾るだけの“顧客第一主義”は不要です。本当にお客様の立場に立っているのかを考え、じつは自分の利益や都合ばかりを考えていると気づくところからスーパーマーケットの再起が始まると思います。

上田 笹井さんが上梓された本のタイトルであり、倉本長治さんの商人学「店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる」を心に刻むことからですね。

笹井 この3つの言葉は、事業の永続性を保つためには不可分、三位一体であるということを、経営者の皆さんにぜひお伝えしたいですね。

働き方の変化と、社員がやる気を出しにくい労働環境

上田 もう一つ、笹井さんにぜひ伺いたいと思っていたことがあります。私は20年ほど小売業界さんと一緒にお仕事をしていますが、20年前と現在では働き方が大きく変化しました。小売業界が元気だった20年前は、スーパーマーケットで部門ごとに売上ランキングを貼り出すものですから、担当社員が結果を出そうと知恵を絞って業務に取り組む姿が印象的でした。

笹井 懐かしいですね。そういう小売店はたくさんありました。

上田 当時はやる気を出しやすい、やりがいを得やすい環境だったと思います。近年の働き方改革では、労働時間だけがフォーカスされ、“無駄”といわれるものを排していった結果、社員が張り切らない、特徴のない店が増えたのではないかと思うのです。どんな仕事でも、時間をかけた方がさらに良いものができるケースもあります。笹井さんは、働き方の変化と現在の小売業の停滞をどう思われますか。

笹井 どこの職場でも起きていることだと思います。私たちの世代は、「この仕事が面白い」と思えば、とことん時間を使うことが当たり前でした。その結果として、自分の知識や技術が向上して、良い仕事ができて、誰かが喜んでくれたらなお嬉しいという気持ちもありました。何かを習熟させようとすれば、時間は必ず必要ですから。

上田 若い方と話をしていると、「頑張るのは良いが、無駄なことはしたくない」という言葉を聞きます。我々の若い頃は、その無駄なことにも取り組めた、仕事に時間をかけられたという良さがあったようにも思います。

笹井 2005年にアップル創業者のスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの中に、「点と点をつなげる」という話があります。彼自身は大学を中退しましたが、西洋版書道ともいうべきカリグラフの講義が好きで、中退後もこっそり授業を受けていたといいます。それがなければ後に彼がつくりだす画期的なパーソナルコンピュータ「マッキントッシュ」にあれほど美しいフォントは搭載されなかったでしょうし、今世界中で使われるパソコンのフォントはもっと見づらいものだったでしょう。彼はまた「無駄と決めるのは死ぬときでよい」とも語り、スピーチの最後に「ハングリーであれ。愚か者であれ」と卒業生を励ましています。仕事ってそういうものではないかと。

上田 同意します。一見無駄に見えても、本当に無駄なものは多くないと伝えたいですね。あの時代、あの中で学んだから今の自分があると。

「もはやインフラではない」という自覚と新たな挑戦を

上田 スーパーマーケットは食のインフラとしての役割を担ってきましたが、流通のフレーム自体が全世界的に変化し、インフラが多様化している中で、インフラ以外の価値をどう提供できるのかが、スーパーマーケットの変革のポイントではないかと考えています。インフラ産業は失敗しはいけない。だから新しいことを避ける。クレームを避ける傾向があります。

笹井 ビジネスでクレームは避けられません。むしろ必要であると私は考えます。余計なクレームに向き合う必要はありませんが、クレームの中にはビジネスをより良くするヒントがあります。

上田 大手小売では、テレビCMやチラシなど、情報発信の手法もずっと一方的です。

笹井 例えば、兵庫県で自然食品・オーガニック製品を中心に販売しているヤマダストアーでは、SNSを上手に活用していますね。しかもその情報はかなりパーソナルなんです。会社のコンプライアンス部門が作成した厳格なルールに則って、という堅いものではなく、個性を感じられる発信です。それがお客様の心を掴んでいると感じます。ヤマダストアーだけでなく、さまざまな業界でパーソナルな発信がうけていますね。

上田 余計なクレームを恐れずに、お客さんとの距離感を縮めるツールとしてSNSを活用しているわけですね。大手小売が恐れているのはインフラ産業として失敗することと先ほど述べましたが、スーパーマーケットはもはやインフラではなくなっていると私は思います。
ライフスタンスの話でもふれましたが、自ら個性を出して、存在意義を発信していくことが必要な時代なのですね。

笹井 アパレル業界では、ショップの店員さんが個人で発信したり、インスタライブで商品を紹介して売上をつくっています。地方のお店でも売上を伸ばしているお店をよく目にします。食品小売も、これからはクレームを恐れず、さまざまなツールを活用していくべきではないでしょうか。

上田 全国を取材されている笹井さんのお話は本当に勉強になります。スーパーマーケットの厳しい状況を打破するヒントがいくつも見えたように思います。本日はお忙しいところありがとうございました。


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